長男(15)が不登校を選びました。←2025年5月19日記事
引き続き、不登校を選んだ長男(15)を通じて、私が感じていることを書きたいと思います。
自分の物差しで相手を測ることは間違いではありません。が、その「 単位 」が、全く異なっていたとしたら?私は、シャイで人見知りです。息子もです。が「 単位 」が異なっていたとしたらその世界は全く異なります。
私はこれまで同じ物差しで考えていました。同じ単位で考えていました。例えば、全く知らない人たちが集まる交流会に参加する場合としましょう。私であれば、一般的な人の5倍ストレスがかかります。Aさんは2倍、息子は7倍、みたいな感じです。
私|5倍
Aさん|2倍
息子|7倍
自分の物差しで評価をします。が、これ「 単位 」が異なっていたらどうでしょう?
私|5倍
Aさん|2倍
息子|700倍
7倍ではなく700倍です。一桁どころか二桁異なっていたらどうでしょう?その単位の物差しからすると「 全く知らない人たちと会うこと 」「 毎日、自分以外の人と会うこと 」に対してのストレス、感じ方はどうでしょう?
と「 二桁も異なる単位かもしれない 」と思って、相手(長男)を観察したらどうでしょう?
生き地獄…
今回、長男が不登校を選んだ状況から「 私の息子は、私が思っている単位ではない世界で苦しんでいたんじゃないか? 」と、そう思って想像してみたんですね。その微細な単位の世界で生きてきた息子のこの数年間を想像してみたんですね。
生き地獄…
自分の苦しみは誰にも理解されない…
自分は自分以外の人と接する事自体が苦しくて仕方ない…
周りの人は「 慣れる 」と言うけど、自分はいつまで経っても慣れない…
( 自分だけ異常だ… )
( 親にも誰にも知られたくない… )
( 隠し通そう… )
単位が異なると「 そもそもの会話が 」成立しません。激辛ラーメンの3辛とか5辛ではなく、自分だけ300辛を食べていたらどうでしょう?友人2人は「 思っていたほど辛くない 」と言っています。が、自分が食べているラーメンは、辛いとか云々のレベルではありません。ので、全く会話が成立しません。
すると、こんな会話を「 創作 」するんです。
「 確かに、思ったほど辛くないな~ 」
伝わっていますか?
小学校に入学する、中学校に入学する、高校に入学する
クラス替えがある、席替えがある、班分けがある、グループで発表がある
部活に入る、他校との試合がある
日本全国、普通にある行事です。特別なことでもありません。
が「 単位が異なっていたとしたら 」これらの一般的に行われている行事が全て「 苦業 」でしかありません。ちょっと我慢すればとか、時間が経って慣れてくればとか、そういう次元ではありません。
で、家に帰ってきた息子に親は無邪気に声を掛けます。子どもと会話を大事にするとても良い親です。
「 どう、中学校、慣れた? 」
「 部活、楽しめそう? 」
( どーせ親も分かってくれない )「 うん、慣れてきた 」
( 親に苦しんでいるのを悟られたくない )「 うん、楽しめそう 」
と会話を「 創作 」するんです。人格の創作と言えるかもしれません。こんな生活を何年も何日も何時間も、です。それが、高校生というゼロリセットされる環境となって、完全に単位を超えて耐えきれなくなった…。もう「 創作 」では、誤魔化せないほどに追い込まれた…。
しかも「 長年、隠してきたこと 」だから、今回もどーせ親にも理解されないだろうという絶望感…。「 高校という新しい環境に慣れないんじゃなく、そもそも単位が異なる世界で生きてきた苦しみ 」を理解されない絶望感…。周りからはただただ「 不登校 」というレッテルを貼られてしまうだけ…。
私の妄想で創作です。
彼が「 単位が異なる個性 」だったとしたら、それを、私は何も分かろうとしてあげていませんでした。私が理解したい「 私の単位で 」彼をずーっと勝手に「 健やかに育っている 」と見続けてきました。彼が、ずーっとその個性で生きてきたのだとしたら、どれほどの年数、どれほどの日数、どれほどの時間を、どんな想いで生きてきたのか…。「 親にも分かってもらえない 」「 そもそも、分かろうとも知てくれない 」そんな世界はどんな世界でしょう…。
そんなことを妄想し、勝手に胸を痛め悔いて猛省しています。今後も息子のことを分かった!なんて自惚れた世界戦には臨みません。が、今後は、分かろうとしようという世界戦に臨みたいと思います。
私の息子は、顕微授精(体外受精の更に高難易度版)で生まれてきました。私の精子が健全な状態ではなく、いわゆる医学に頼らないと子どもを授かることができなかったんですね。ので、なんちゅーか、生まれてきたときから「 全肯定 」なんです。毎日保育園に行っては泣いている息子に「 覚えといてな。君が泣いてても笑ってても怒ってても、お父さんは君のことが大好きやで! 」って、ずーっと声を掛け続けていました。ずーっと声を掛けていると、いつからか私が「 覚えといてな… 」と言い始めたら、2歳の彼は「 しってるで、ぼくのことがだいすきなんやろ! 」って、屈託ない笑顔で返してくれていたんですよねw。その笑顔が見たくって、また「 覚えといてな… 」って。
私に似ている個性、私のその数十倍もしくは数百倍ある敏感な個性を私が分かろうとしていきます。間違っていたら、またそのとき謝ってまた分かろうとしたいなと思います。
個性には、タイプの違いの他に、単位が異なっているって場合もあるのかもしれません。
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