@ゴリラの日本一長い自己紹介

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Q:48歳のテーマ?

カラフル

【テーマカラー|紫色|6b1685】
美意識が高い、精神性が高い、ミステリアス、こだわりが強い、浮き世離れ、協調性がない、効率が悪い、理解しづらい面がある、妄想癖、現実逃避、人と同じなのは嫌、優しい、静かな所が落ち着く、絵が好き、芸術に関わっていたい、自分のセンスに自信がある、繊細、少し変わっている、クリエイター、ナルシスト

2024年キーワード

分かって欲しい

Q:どんなキャラ?

・内向型らしく生きると決めた人
・「 枠 」を押し付けられると感情が暴れる人

【自分軸】ゆるめる、恩送り、やさしく、Respect
【特 徴】内向型、シャイ、人見知り、毒舌

❶社会的評価より、相手に喜んでもらう方に価値を感じやすい
❷常識や慣習など「 枠 」を強要されると感情が暴れる
❸一人でいることが、めちゃ大事
❹恩返しより、恩送りの方が幸せの総量が増えると思う
❺個人的な課題は、自分の価値観に相手を連れてこようとしてしまいガチ

人に喜ばれることを淡々と積み重ねていく。力むことも焦ることもなく、自分をゆるめる。思考をゆるめる。思考の奴隷から自分を解放する。行動をゆるめる。どうしたら喜んでもらえる?にフォーカスする。過去でも未来でもなく今を生きる。恩送りが根本スタンス。正しく!やさしく!ワクに囚われない!内向型ワクワクライフハック!

こんにちは、@ゴリラです。@ゴリラの履歴書はコチラ

印刷会社の営業マンとして7年超、経営コンサルティング会社で16年超、計24年近く会社員を経験しました。2022年9月から個人で働き始めました。

100人の前で講演するのは平気で快適です。が、100人のパーティは苦手で苦痛です。「 では、皆さん1分間の自己紹介をお願いしますね 」は超~苦手。できる限り、やりたくありません。沈黙が苦手。なので、誰かと1時間お茶するより、5時間一人で読書する方に幸せを感じます。コンサルタント時代、年間200日以上の出張でした。が、基本は現地集合。帰りの新幹線の席は「 別々で 」が快適でした。

こんな感じの人、内向型って言うらしいです笑

自分のことを「 内向型 」と認知できたのは47歳(2022年12月ころ)になってからです。47歳というのは、46歳で会社を退職してから、です。それまでも、自分がシャイで人見知りだと理解していました。が「 内向型 」という言葉の存在すら知りませんでした。なんというか久し振りに「 WoW! 」という感覚を得ました。「 あ、内向型なんや、俺、WoW! 」って。

言語化できてなかったけど、それまでは外向型社会に適合し続けるために試行錯誤してきた人生だったんでしょう。口にしたら「 変わっている 」「 常識がない 」と思われることが多かったんです。それは、内向型ならではの価値観で外向型社会を観察していたからだったことが分かりました。スッキリしました。

・受けた恩は返すべき
・家族を大切に、先祖を大切にすべき

この辺りの価値観に「 異を唱える 」ことは、一般的には、なかなか受け入れられません。
私は「 受けた恩は、返したいと思えば返せば良いし、返すべきとは思わない。それよりも、誰しも多くの人から恩を受けているわけだから、自分も他の誰かに恩を送れば良い。それが、幸せの総量を上げること。 」と、そう考えます。

私は「 家族を大切にすれば良い。それは、血が繋がっているから、とか生み育ててもらったから、とかそういうことではない。家族であっても一個人と一個人。それぞれにRespectする関係性があって、その前提で相手のことを大切にしたいと思ったら大切にしたら良い。「 家族だから 」ということを前提に、感謝を強要されることは受け入れられない。そのことを自分も相手には望まない。自分の子供に対しても、親だからという親ハラの感覚は一切ない。彼らには彼らの大切にしていることがある。先祖を敬いたい人はすれば良い。墓参りしたい人はすれば良い。私は、それよりも、現存している目の前の人に喜ばれることの方に価値を感じる。 」の様なことが、たーっくさんあり続けてきました。だいたい「 変わってる 」「 素直じゃない 」「 天邪鬼 」の様なレッテルを貼られてきました。

が、これは「 私が異常だからではなく、内向型の特徴なんだ 」と分かったんです。いやぁー、救われたー。っていうか「 ですよね! 」って感じです。やっぱり合ってたんやーって。感覚的には、2回目の人生が始まりました。

【1回目の人生】46歳まで、外向型社会で外向型に自分を適応させてきた人生
【2回目の人生】47歳から、外向型社会で内向型の自分を認知して歩み始めた、新しい人生

そんな感じです。
そんな無自覚な私は、外向型が活躍するコンサルティング会社(株式会社船井総合研究所)で16年間勤めました。社内で評価され、スポットライトを浴びているのは「 明るく 」「 エネルギッシュ 」で「 個性的(たとえ人間性が低くても稼いでいれば正義) 」という面々でした。いわゆる、狩猟型民族が活躍する会社です。そんな中、私は、自分の性格を「 コンプレックス 」に感じていました。とにかく、持ち前の「 真面目さ 」「 責任感 」で頑張っていました。そう、そうれが「 当たり前 」と思っていたからなんですね…。

と、前職のコンサルタント会社の例を出すまでもなく、今もなお、日本社会において

 😁明るく元気に!
 😁前向きにポジティブで!
 😁笑顔で社交的に!

が評価されます。
会社員の方であれば、評価制度の項目を思い出すと、なんとなく共感できるでしょう。社内で評価されているのも、どちらかというと、外向型だと思います。

内向的な方は、こういった社会環境の中、持ち前の「 真面目さと責任感で 」日々を乗り越えてきているハズです。し、明るく元気!が表現できない自分にコンプレックスさえ感じてきたかも知れません。そう、まさに、私と同じ様に。

で、拘りの強い内向型の私は、
 ✅エネルギッシュな人が活躍するコンサルタント会社で
 ✅この暗~いキャラクターのままでも活躍できることを証明したい! 
という想いで、頑なに自分の世界観を磨いていました。
※外向型の目立つ方々よりも時間は要しました。が、リーダー職を10年以上、優秀社員表彰もいただけました。

そんな私が、在籍中に拘っていたのは

「 再現性 」と「 人間性 」

です。「 あの人は、化け物やから 」という、強烈な個性を持っていないと活躍できない!という雰囲気に風穴をあけたかったんです。20年も前は、今よりもはるかに「 狩猟型 」が評価されている時代でしたからね。「 少々人間性に問題あっても、稼いでなんぼ。稼いでいる人間が正義! 」みたいな。経済社会において、一理あったとしても、私の性格上、その文脈は素直に受け入れられるものではありませんでした。「 予算必達! 」とか「 予算なんか行って当たり前 」という上司の訓示も、1mmも響きませんした。ただのストレスでしたしね。まだ「 内向型 」という言葉さえも知らないので、受け止め方も分からずコンプレックスに感じていました。

そんな中で「 まじめにコツコツやって、人間性でも評価されるモデルになれないか? 」が、私の拘った点です。結局、在籍中、数字面において社内No.1実績!という分かりやすい結果を残すことはありませんした。が、幸運にも、少しずつ、そして、長~く活躍することができました。し「 社内で一番読みたい、役に立つ日報 」という、コンサルタント社員が選ぶ賞で1位に選ばれました。お陰で、社内でも「 あの人は信頼できる人 」というブランドができ、気がつけば、私の部下に

 「 活躍できないと烙印を押された人 」が配置されてくることが増えました笑。

これも「 再現性 」と「 人間性 」に拘った結果だと思います。あの人なら、なんとかしてくれるだろう、と。そんな烙印を押された彼らの長所を発見し、磨き、活躍してもらうのが私のリーダーとしての仕事でした。その裏には「 私ではなく、彼ら自身が再現して、活躍すること 」が、私の正しさの証明することにもなる!と拘っていたかも知れません。今では部長職をはじめ、多くの人が私以上に活躍してくれています。ので、当時抱いていたコンプレックスは(ほぼ)ありません😁

と、過去をこの様に振り替えれるのも、退職後「 内向型 」という言葉に出会ったから、という結果論です。これまで悶々と抱いてきたのはコンプレックスと表現するものではなく、ただの「 特徴だ 」と認識できたんです。

そんな、外向型が評価される社会と向き合って、一定の実績を残してきた私がやってきたことは、内向型の方に役立てることに気づけました。「 再現性 」と「 人間性 」は、まさに、内向型にとって長所ですからね!そのことを認知できたときは、なんか、こう、パッとスッキリした気分になれたんです。おおぁおぁおぉおぁあ、って! 

内向型の人は「 ノリじゃなく準備 」が大事です。「 正しい準備 」「 正しい考え方 」を知っておくことが、強力な武器になります。私が、のべ1万人の経営者、リーダーとの仕事で実験済みです!

✅「 再現性 」に拘ってきたので、内向型の方はもちろん、じゃない方の方にも役に立ちます
✅「 人間性 」に拘ってきたので、自分と他人にやさしい人だけ、私を頼ってください

実は「 内向型 」の人は「 プレゼンター 」「 ファシリテーター 」に向いてます!根拠は、私です。これまで経営者相手に4,000回以上のプレゼン&ファシリテーションを実践してきました。で理解できたことは、私たちの「 顔色を伺う特徴 」は、めちゃくちゃ有能だということです。外向型で雑な性格の人は、これは再現できません。ので、彼らと異なったやり方で、めちゃくちゃ喜ばれることができます。

内向型のあなたは「 外向型の型 」を覚えるのではなく、自分らしいスタイルを見つけましょう。外向型と同じスタイルで勝負する必要はありません。それが、相手に喜ばれるコツです。内向型の私が実践してきた【使える選ばれる】自分らしいプレゼンの表現方法、ビジネススキルを、ブログ、セミナー、コンサルティングを通じてシェアします。

内向型の@ゴリラ流プレゼンハック!そしてライフハック!焦らず、ゆっくり、効果的にいきましょう!

内向型は、固定概念に気づくと、幸せが加速し続ける!

「 こうしなければならない 」「 こうするのが当たり前 」「 過去はこうだったから 」という、意味不明な価値観を押し付けられるのが嫌いです。形式的、儀礼的なことが苦手で仕方ありません。嘘つきました。大嫌いです。あまりにしつこく押し付けられると、感情が爆発します。

What for ?

そもそも「 なんでそれが必要なのか? 」という本質的なこと、目的が気になります。例えば、お酒の席における晩酌が苦手です。年配者や上司のグラスに、ビール瓶を片手に注いで回るあの時間と空気が嫌いです。注ぎたい人がやったら良いんです。それを止めるつもりはありません。でも、私は注ぎたくないし、注がれたくありません。自分のペースで注いで自分のペースで飲みたいんです。「 それがビジネス社会のマナーだから 」というのは、私にとっては「 意味不明な価値観 」に映ります。35℃を超えるような真夏日に、汗をダラダラ流しながらスーツを着ている人を見ると悲しくなります。暑いときには薄着をしましょう。「 ビジネスだから 」というのは、私にとっては「 意味不明な価値観 」に映ります。

の様に、思考停止になってしまって、本質や目的を見失っている「 思考の奴隷 」が、結構あります。いや、めちゃあります。大事なのは、この「 思考の奴隷 」を認知し、多くの人がその選択をすることさえも尊重することです。で、その上で自分自身は「 本質的 」「 意味のあること 」を選択し、行動しましょう。

私は、強要されない限り、酒の席で、年配者にも上司にも注ぎません。し、注がれるのも断ります。が、酒の場が始まって、周りのグラスが空いていれば「 次、何か頼まれますか? 」と、目配り気配りをし続けます。自分の話に夢中になって、そんなことに気づけない人より100倍「 ビジネス社会のマナー 」の達人です😁 35℃を超えるような真夏日はもちろん、夏にスーツは着ません。というか、自宅のハンガーに飾ったままです。んなことより、商談時間の少なくとも30分前には到着し、汗も息も整えた状態で、先方にお伺いします。爽やかな表情すら整えてるかも知れません。そんな価値基準の方が「 ビジネスだから 」正しい行動だったりします。

あ、間違ってはいけません「 文句だけ言う奴 」は、嫌われます😭 本質的で目的的で、意味のある行動を自ら選択するからこそ、説得力に繋がります。この価値基準の行動こそが「 プレゼン力の本質 」です。意味不明な価値観を押し付けられることを極端に嫌う@ゴリラは、実は、周りに価値観を強要する@ゴリラでした。そんな@ゴリラの価値観が醸成されてきた、その人生を下記に綴っています。(超~長い😭)

25歳で気づいたとき、確かに周りに友達と言える人が誰もいませんでした笑。頑固で屁理屈で天邪鬼。とことん相手を口撃していたことに気づいたんです。そんな嫌われゴリラが、30歳で上場企業の経営コンサル会社に転職します。そこで、コンサル売上5億円超の実績を残しました。「 嫌われずに、相手に伝わる選ばれるプレゼン方法 」を体得していったんです。数千回の学習と実践の繰り返しで。お陰で、あなたの伝わらない理由は「 秒で分かる 」ようになっちゃいました。し、ほとんどのことは、秒で伝えることができる様になりました(優しい大人限定)。んな、実体験で会得してきた「 人生を変える力がある 」プレゼンの知識と技術を、一人でも多くの人にシェアしていきたいと思っています。日常やビジネスシーンの人間関係において「 伝わらない 」は、ストレスの代表選手!「 伝わらないは、コミュニケーションコスト 」です。このコストとストレスに全国の多くの経営者、ビジネスリーダーが悩んでいます。とりあえず、私が、あなたにとって信用できる奴かどーか、私の嫌われ人生をご確認ください。

高校入学式の初日、クラスメートの女子から「 ゴリラに似てるな! 」と、言われたときから「 ゴリラ人生 」が始まりました笑。以降「 @ゴリラ 」が、ニックネームとして定着していったのは、特に、誰も興味がないエピソードです。

30歳で転職。16年間在籍していた、経営コンサルタント企業(東証一部)において「 コンサル社員が選ぶ、読みたい日報No.1 」の「 日報大賞 」をいただきました。そのタイトルが「 ゴリラ日報 」。1,000人超の会社で「 あのゴリラ日報の人 」として認知されていました(上場企業やし、説教したがる人もいたけど、大半が受け入れてくれていました。)。現在「 @ゴリラ 」ブランドで情報発信活動中。

(以下、日本一長いプロフィールが続きます)

生まれ、前職、現在

1975年、滋賀県に生まれる。生まれ育った町には、信号機なし、お店なし。家の裏は、畑、田んぼ、その先が琵琶湖。学生時代のプールは琵琶湖笑。んなThe田舎で男三兄弟の次男として、頑固に繊細に、健康的に育ちます。小学校4年から高校3年までサッカー部。主だった記録は、滋賀県大会中学ベスト4。よりも、肩だけのリフティング66回は、結構、負け知らず。大学から大阪へ。以降、会社人時代の全てを大阪で過ごす。

2022年離婚。約20年振りのシングルに。また28年振りに大阪府から滋賀県に戻って、The田舎暮らし再開。2人の子供と元奥さんは現在も大阪暮らし。子供の成長を間近に感じられないのは残念やけど、お互いの人生を尊重して。今は、4人のLineグループでの会話、誕生日や旅行で集合、と、そんな新しい家族の形式で生活開始。

@ゴリラの拠点から自転車1分【@ゴリラ撮影】
自転車10分で朝ドラや映画撮影現場にもなる観光地【@ゴリラ撮影(4月中旬)】

16年間働いていた経営コンサルタント会社を2022年に退職。人生初の長期失業生活を経て、オンラインで仕事を始めました。コンサル社員時代、コロナ前までは年間200日出張。北海道から九州まで46都道府県(沖縄に行く機会なく涙)出張しまくっていました。月間の出張交通費だけで40-50万円!年間で500万円超のクレジットカードを使い続ける生活を10年以上!全国各地で大好きなラーメンを食べたり(年間150杯)、仕事先の方が案内してくれる地元の食事、名物も出張族ならでは特権!素晴らしく貴重な経験でした。一方で、個人的には「 新幹線の一人時間 」が、めちゃ好きでした。読書、映画(AmazonPrime)、仕事、寝る、帰りの一人晩酌、と自由時間がめちゃ好きでした。多くの方にとって、一人の時間を作るのって難しいですからね。

30歳でコンサルど素人のまま転職し、かつ幼少期より勉強もスポーツもあれもこれも60-70点程度の器用貧乏な@ゴリラが(要は、凡人)在籍中、コンサル売上累計5億円以上&年収1,000万円(10年以上)の実績を残すことができました。それは、唯一60-70点を超える長所「 プレゼン力 」にしがみついた結果です笑。

大阪で仕事をしていても、ずーっと田舎コンプレックスが抜けませんでした。東京本社(丸の内)への出張は、何回行っても何年経っても緊張してました。そんな凡庸な自分を受け入れ、長所を認め、自信満々にプレゼンできるようになったのは、35歳も過ぎてからです。と、それなりに経済活動をしてきた@ゴリラです。が、20代のあの一年間は、今思えば「 一歩間違えば 」とも言える暗黒の時期でした。

自転車10分で朝ドラや映画撮影現場にもなる観光地【@ゴリラ撮影(7月下旬)】
自転車10分で朝ドラや映画撮影現場にもなる観光地【@ゴリラ撮影(12月上旬)】

一歩間違えば、うつ病。時代が今なら、完全にアウト!

ゴリラとネーミングされる見た目(顔面がゴツゴツ、凸凹している)と筋肉質な体格から「 強い 」と思われます。(いつも思うけど、外見と内面って関係ないねんけど涙)。が、私は、知る人ぞ知る、ゴリラの様に繊細で、シャイで、超人見知りです。初対面の人は超苦手。大勢のパーティ席なんか最悪です。よく「 あんなに大勢の人前でしゃべるのに、絶対ウソ! 」と言われます。ま、そう言われる構造も、言いたい気持ちも分かります笑。それに、しゃべりが関西弁、口が悪い、毒舌、かつ言い切り型なので、余計にそう思われます。で、そんな私が、23歳、新入社員2年目に「 うつ病だった 」と言っても、まず信じてもらえません。

23歳といえば、1998年頃でしょうか?当時は「 パワハラ 」「 セクハラ 」「 ブラック企業 」なんて言葉はありません。「 残業 」はいっぱいあるけど笑「 サービス残業 」という概念もありません。上司は絶対的な権力者。携帯電話やパソコンもビジネスシーンにおいても一般的ではない、まだまだアナログな時代。「 うつ病 」という言葉も職場で使われることはありませんでした。※使うことがタブーとされていた、が、正しい表現かも知れません。

新入社員2年目の私の上司は、課長「 元年 」でした。課長元年だから、上司は超~張り切っていたんです。その張り切りは、ブラックなエネルギーとなって、私に一年間注ぎ続けられることになります。

・週2-3日、説教
・1-3時間、ずーっと説教
・その間、ずーっと立たされっぱなし

つまり、年間100日以上、ずーっと立たされて説教されました。どうでしょう、普通でしょうか?「 説教 」といっても「 高圧的 」「 恫喝的 」「 罵り(ののしり) 」「 ダメ出し 」です。ワンフロアに50人くらいの職場での公開説教(公開処刑)。時代背景もあって、部長や取締役、同僚、同期、誰も助けてくれません。ま、それが「 一般的 」な時代でしたからね。

で、そんな私が、どんな行動(壊れていった?)を取るようになっていったか?です。

・毎日、本屋に立ち寄る
・気づけば「 エッセイ 」コーナーの前に立っている
・「 あなたは大丈夫 」「 元気になる100の言葉 」的なタイトルを手に取っている
・夜ベッドに入って「 寝ない 」と決める
・寝ると朝がくるので「 寝ない耐久レース 」を一人でやる
・寝落ちするまで、とにかく起きる

(でも、真面目で優等生なので)
・定時に遅れることなく、休むことなく毎日出社する
・仕事が間に合わないので、土日も出社する

身体は、丈夫に生んでもらったんで、問題ありませんでした。病院にも行ってないし(その発想自体がない)当然「 うつ病 」と診断されたわけではありません。が、どうしょう?これは「 うつ病 」的な行動でしょう。もう、明確には覚えてないけど、日々、億劫で、常にギューっと圧迫された苦しい感じで生きていた感覚は残っています。真面目な性格や時代もあって「 会社を辞める 」という選択肢はなく「 頑張る 」「 耐える 」「 過ごす 」みたいな選択でした。

部屋内で活躍するゴリラ達。天井目指すゴリラ&ハンモックゴリラ。
PC上の天井を守る勇敢なるゴリラたち。

幼少期からの英才教育笑?

あ、@ゴリラの「 基礎キャラクター 」を知ってもらうため、少し、幼少期に時間を遡ります。私の父親は、典型的な「 融通の利かない、昭和の頑固親父 」です。皆さんが想像を「 10倍豊かに 」すると、ちょうど実物の感じです笑。んな、融通の利かない10倍頑固親父に、物心ついたときからとにかく「 説教 」をされてきました笑。褒められた記憶は1mmもありません。

・週2-3日、説教
・兄弟の誰か一人の問題であっても、3人並んで同時に説教
・2-3時間、ずーっと説教(さすがに、座りっぱなし笑)
・反論しても、1mmも聞く耳はなし
・反論すると、説教時間延長!涙
・どんなことがあっても、子供側が折れないと、終わらない

子供とはいえ、とにかく「 反論 」しまくりました。そこは会社(他人)とは違い、遠慮はしません。結局、何を言っても、1mmも聞く耳を持たないので無意味です。が、子供にそんな頭の良い計算(黙っていれば、早く説教が終る)はできません。これが、物心ついたときから高校まで続きます。今振り返ると、という意味で、この融通の利かない英才教育笑で、身についてしまった能力があります。

・粗探し力
・誰に対しても食って掛かる力
・高圧的にしゃべる力、押し付け力

元々、少年ゴリラは「 優等生 」で「 真面目 」な性格です。そこにこの融通の利かない英才教育笑です。「 優等生なんやけど、融通の利かない、扱いが面倒な可愛げのない子供 」に育っていたのは、いったん、仕方なかったことにしましょう笑。そして、この英才教育笑が、大人になってから役に立つとは、このときはまだ、知る由もありません。

嫌われ者の勘違い成功体験。人生で初!の自主的な勉強始める。

「 うつ病問題 」は、一年で解決しました。年度変わりの「 組織変更 」です。たったそれだけのこと。上司部下の関係ではなくなった瞬間、何事も無かったように解消しました。今、当時の私と似た状況に悩んでいる方がいるとすれば「 離れる 」選択を手に入れましょう。今は、もっと自由に身軽に「 選択できる時代 」になりましたしね。

一年間、闇を歩き続けていたゴリラに、元来のキャラが戻ってきました。すると、学生のときには触れてこられなかった闇が、大きな問題として表舞台に登場してきます。それは「 嫌われ者 」です。幼少期から融通の利かない英才教育笑を受け続けたゴリラ少年は、学生時代の全てを「 相手の粗探し 」で過ごしていました。粗を探して、徹底的に、相手(つまり、同級生、クラスメイト)に口撃し続けるのです笑。どんな論法だろうが構いません。幼少期より大人(父親)と口論し続けてきたので、気づけば同級生が太刀打ちできない話術(アホみたいに言い続ける力)が、備わっていました。ほとんどの相手は負けを認め反論する人はいません。それが、ゴリラ少年にとっては「 成功体験 」となっていたわけです。結果、誰にでも食って掛かる人種が育っていました。

今思えば、相手は負けを認めていたのではなく「 離れていっていた 」んですね。面倒な奴だったから、誰も相手にしてなかったんだと思います。もしかしたら、忠告してくれていた人が居たかも知れません。が、全く気づくことができませんでした。そんな、超~ややこしい生意気なガキに、たまたま「 指導してくれる大人の上司 」に出会うことができたんです。その上司のお陰で、自分が「 嫌われていた 」ということに気づけました。25歳のときです。気づいたときには、周りには、友達と呼べる人は誰もいませんでした。それまで自分が過ごしてきた人生は「 全て間違っていた 」という事実は、25歳の青年ゴリラには、とても残酷な宣告でした。(※ここのエピソード詳細は、著書でお楽しみください なぜ、ボクの話は伝わらないのか?  ~コミュニケーション③つの真実と③種の神器~

25歳で気づかせてもらったときから、人生で初めて「 自主的な勉強 」が始まりました。勉強の内容は「 自己改革 」「 相手を打ち負かす話力ではなく、相手に伝わる話力 」です。

分かりやすい!面白い!プレゼンが私の人生を変えた!

うつ病で、粗探し口撃の学生生活で、融通の利かない嫌われ者の@ゴリラ。なんとも、切ないプロフィールです涙。そんな@ゴリラが、コンサル社員時代、クライアントや職場仲間から、ゴリラさんの話は「 分かりやすい 」「 面白い 」「 プレゼンのプロ 」「 教えてください 」と、評価されるまでに変心を遂げました。言葉だけではなく「 コンサル社員1,000人が選ぶ、読んでタメになる日報大賞 」もいただきました。また「 プレゼン力 」の長所にしがみついて、コンサル売上累計5億円以上&年収1,000万円(10年以上)の実績を残すこともできました。言葉の暴力で嫌われ続けていた@ゴリラは、今度は言葉を扱うプレゼンに人生を救われました。プレゼンが私の人生を変えてくれました。

さてさて。コンサル会社というのは、文字にしてみれば「 しゃべりのプロがいっぱいいる 」という環境です。凡人の@ゴリラより稼いでいる優秀社員がいっぱいいます。困ったときには、言葉の選び方、伝え方、話の構成、など、周りをサンプルとして「 良いとこ取り 」をしていました。社内は無料で学び放題です。学びはすぐに実践で試し、で、習得する、を繰り返しました。

25歳に気づかせてもらい、人生で初めての自主的な勉強を開始し、すぐに変われました!・・・なんて、そんなことはありません。否、全くありません涙!それこそ、10年くらいの時間を要しました。35歳くらいで、ようやく、なんとなく、という程度です。あ、46歳の今でも(執筆当時)、元々の性格、キャラは変わっていません涙。新しいキャラクターを追加した、とか選択できる自分になった、とか、そんな感じです。

融通の利かない10倍頑固親父の英才教育笑、うつ病、粗探し人生、嫌われ者、の全ての経験が「 プレゼン 」の役に立っています。「 リアルな感情 」を自分自身が体験し続けてきたからです。人間のこと、脳や心理学、感情のことをめちゃくちゃ学びました。本とかセミナーで学んだことは、とにかく、人を相手に実践を繰り返しました。実践を繰り返し「 伝わる 」「 伝わらない 」プレゼンをめちゃくちゃ学び、習得し続けました。コンサルというビジネスシーンにおいても「 仲間を動かす ↔ 動かない 」「 現場社員を動かす ↔ 動かない 」「 経営者を動かす ↔ 動かない 」の実践を繰り返すことで「 伝わる 」「 動く 」「 売れる 」「 ウケる 」「 モテる 」プレゼンを習得し続けました。また、自分の経験と知識とノウハウを、若手社員に実践の場で教え続け続けることで、自分以外の他者でも「 使える 」実践学であることも証明できました。

あ、こんな機会も役に立っています。コンサル時代、出張先でクライアントに連れて行ったもらった、クラブ、キャバクラ、スナックなど夜の社交場は、のべ1,000回は超えています。シャイで人見知りの性格上、常に「 初対面 」という社交場に慣れるのは、大変でした。が、自分だけでは絶対に踏み入れない夜の世界です。しかも北海道から九州まで!全国各地でこんな体験できるなんて、1mmも想像してこなかった人生の彩りです。とはいえ、初対面が苦手なのは変わりません。ので、ホステスさん(キャバ嬢)相手に「 トーク実験 」を一人で勝手にやっていました笑い。お陰で「 相手から興味を惹くトーク技術 」を身に着けてしまいました。あ、カラオケ、も、実践でかなり磨かれ、上達しましたね~。(現在も、シャイで人見知りは改善されておりません)

コロナの功罪。と、人生を再び選択。

コロナで生活が一変。それまで年間200日の出張生活から、完全リモート生活に変わりました。懸念は一時的なものでした。コンサルの仕事は「 成立して 」しまったのです。セミナーも研修も会議も、経営相談も、プレゼンも、全てリモートで「 成立して 」しまいました。完全リモートに以降することで、コロナ前に比べて、プレゼン機会(会議、商談、コミュニケーション)が、3倍にも5倍にも増えました。リモートによって新しいプレゼンの課題が発見され、実践し、磨かれました。と、同時にリモートでは「 各個人の伝える力が、仕事の質に比例すること 」が、明らかになってしまいました。一部の、いや、結構多くのビジネスパーソンにとって、それは「 明らかにされたくないこと 」でした。コロナ前までは「 なんとなくの空気感で誤魔化せていたこと 」が、リモートで誤魔化せなくなってしまったのです。コロナ禍が長期化するにつれ、プレゼン能力と人の評価が連動を強めていきました。一方、リモート生活が半年経ち1年経ち、年間200日の出張生活を苦に思う自分がそこにいました。

これは、新しい人生を選択するタイミングなのかも知れない。

「 リモート×プレゼン 」。経営コンサルタントの仕事は「 業績アップ 」です。クライアントの会社を良くするためのお手伝いをする仕事です。随分と長い年月、自分の特徴とその提供価値に窮屈さを覚えていました。そんな悶々とした数年が過ぎていたとき、コロナによって強制的に引き寄せられた数年先の未来「 リモート×伝える力 」に、シックリときている自分がいました。悶々と続けいてた経営コンサルタント、そして一部上場企業というステータス?を手放し、新たなチャレンジするという、人生を選択することにしました。

あなたもプレゼン上手になって、他者に喜ばれ感謝される人生を選ぼう!

私は、褒められるのが好きです。承認欲求高めです。共感されたいです。❶伝えることが職業のプロの講演家、セミナー講師、コーチ、コンサルであっても、お役立ちできます。❷経営者、ビジネスリーダーの様に「 人に伝える立場の人 」は、お役立ちできることしかありません。❸そもそも、嫌われていた@ゴリラは、とにかく「 伝わらない 」どころか「 聞いてもらえない 」が、スタート地点です。ので「 話が下手 」「 伝えるのが下手 」な人の役に立てることは、自分の人生を通じて実証実験をしてきたので、自信満々です笑。伝わることを実証実験し過ぎて、あなたの伝わらないを秒で発見&解決できます。

えっ、プロフィールが長い?冷汗。どこが伝えるプロなの???はい、ここまで、読んでいただきありがとうございます。長文プロフィールの通り、プレゼン(伝える、話す、聞く、人間心理、パワポ)に関して、きっとあなたの力になれます。どんなことでも良いので、相談ください。プレゼンの数も種類も、良い経験もクソみたいな経験もいーーーっぱいしてきました。ので、だいたいのことにお応えできます。あ「 プレゼン上手は、喜ばれます 」よ!笑。自己肯定感が高まり、自分のことが好きになります。あなたも、ぜひ、プレゼン上手になって、喜ばれ感謝される!という、ハッピーな体験をしてください。プレゼンはあなたの人生を変えます。あなたの選択を応援しています。

@ゴリラが、内向型のあなたに貢献できること

❶ 多くの人に喜ばれ感謝され、自分と相手の人生を変えるプレゼン力を手に入れる
❷ 恩送り型の、自分にも相手にもやさしい人間性を備える
❸ 自分の人生の所有者になっていく

@ゴリラの人生で検証してきた、実証済み、サバイバルコラム!

@ゴリラのトリセツ
嫌い、したくないこと

★ 価値観を強要されること、押し付けられること ★
・義理は返す、恩は返す、という押し付け
・いくら、納豆
・形式的、儀礼的なこと全般
・正しい日本語、美しい日本語
・お酌(するのも、されるのも)
・人付き合い、初対面
・集合パーティ、大勢の中に居ること
・異業種交流会、名刺交換会
・電話
・アドリブ
・高圧的な人、不機嫌な人  
・夢を持とう!ポジティブ万歳!の押し売り
・自己紹介
・写真(どんな顔したらいいか分からん!) など

好き、上手にできること

・一人の時間
・難しそうな講演を楽しい講演にすること
・教えること
・論点、視点、気づきがある質問
・論点、視点、気づきがある文章を書くこと
・正論を伝えられる
・目的と手段の仕分け
・分かりづらい話を分かりやすく伝えること
・要約、翻訳、一言、箇条書きまとめ
・相手が理解、想像できる身近な例え話
・大事なことであれば、100回言い続けること
・人間観察
・真面目におふざけ、真面目に笑いづくり
・抽象化と具体化
・全体最適と本質思考
・メタ認知
・マインドフルネス
・間違い探し、誤植探し、粗探し
・披露宴の余興
・妄想
・プレゼンのシナリオづくり
・パワポ制作(紙芝居パワポプレゼン) など

 @ゴリラのペルソナはこちら

日本一長文で、楽しく読め、それなりに気づきもあり、共感の賛否を生むペルソナを読む?

青信号、左右を確認せずに渡る人を見て、日本の思考停止教育を憂う。目的と手段の交通整理をしたくなる。煽り運転は「 極刑が妥当 」と思っている。損得よりも善悪思考。全体最適の思考が好き。「 イジメ 」「 パワハラ 」の表現に違和感を覚える。同じことを公共の場で行えば「 暴力行為 」よね?イジメ、パワハラを無くすには、この言葉を使わせないこと。正しさが大事。間違いが気になる。

芸能人が付き合っただ、お忍びデートだ、ハイテンションに伝えている女性アナウンサーを見ると「 このことを伝えたくて、アナウンサー目指したんかなぁ、、、」と、勝手に心情を慮る。「 不倫に怒っている 」コメンテーターを見ると、日本は平和で他にニュースがなかったんやな、と笑えてくる。相手の話を聞かず、食い気味で自分の意見を叫ぶ政治家を見て、息子と娘に何て言うたらいいか迷う。未だにTVっ子。

三谷幸喜さんの「 人の機微を知り過ぎている舞台演出 」に、感心し過ぎて笑えない。映画館、ど真ん中で観たいけど、トイレが気になるから、通路側。すみませんすみません、と人の前を横切りながら出るのが嫌だから、通路側。繊細。

さんま・玉緒のお年玉「 あんたの夢をかなえたろかSP 」が、TV番組で一番好き。ふと、夜中に「 サプライズ 」とYou Tube検索して、2時間行脚する。「 それでは、ここで、サプライズです!  」という残念な司会者に殺意を覚える笑。余興後の「 余韻の時間 」を黙って待てる司会者を「 プロ 」と呼びたがる。フラッシュモブを切ない映像として、つい見てしまう。「 された側 」の人の感情を知りたい。が、聞いていない。喜んでもらうシナリオを考えることが、好き。喜んでもらうシーンを妄想するのが、好き。褒められること、もっと好き。披露宴の余興30回のうち、5~6回は、自ら申し出た(笑。

質問に対して「 人と場合によりますので、、、」と言われると、イライラする。「 オススメは? 」と聞いて「 お客様の好みによります 」というラーメン屋に、二度目はない。北海道から鹿児島まで、年100杯以上を10年続けていた、ラーメン好き。結局、中華そばに戻っていく。人身事故で電車が遅延したとき、駅員さんに向かって大声で文句を言っている人を見ると、「 この人、会社でも面倒な人なんやろな、、、 」と思うと同時に、ご家族を不憫に思う。自分も気をつけんとな、、、と省みる。

サンドウィッチマン的、言葉で脳を刺激する芸風がツボ。今まで50回以上リピートした漫才は、あの伝説の?サンド富澤さんとフット後藤さんのドリームマッチ@2011。「 人が居ないバーです 」「 聞いたことがある! 」「 ごとうさん 」「 お父さんみたいに言うな! 」「 ダメだ! 」「 ダメじゃない! 」これ、分かる人、笑いの趣味合う。言葉で脳を刺激する漫才の真骨頂。

バイきんぐ小峠さんとかブラマヨ小杉さんの様な、空気を読みながら瞬発力で場を明るくする「 ひな壇&全体最適芸人 」をRespect。出川さんの「 プロ芸人 」としてのスタンスをRespect。

儀礼的なこと、形式的なことは、極力避けたい。夏にスーツ、真夏にスーツ、が、どんな角度からも理解できない。ビールを注ぐのも注がれるのも苦手。自分のペースで楽しみたい。そもそも、知らない人ばかりが集まるパーティ的な場所が、苦手。余興とか講演は、得意。100人でも大丈夫。30人くらいがちょうど良い。アドリブが苦手。ツッコミは得意。血液型占いは、鼻で笑う。一応見る笑。無宗教。お寺にも神社にも行ってクリスマスパーティもする。おみくじも買う。

人付き合いが苦手で、未だ緊張する。シャイ。のに、人との関わりの中で承認されることに喜びを感じる。承認欲求、高い。組織、プロジェクトが円滑に推進する役回りが最適快適。奉仕精神、高い。(仕方ないと分かっているけど)仕事でダラダラ話す人を見ていると、イライラする。社内のメンバーだと「 で? 」と言ってしまう。「 で、結論は? 」と言ってしまう。

出張のときに荷物が重たく、腰痛悪化になるからと随分前に電子書籍にした。けど、紙の方が読みやすい、、、と思っているのは内緒。罪悪感を感じながらポチる。Amazonプライムで映画選びに30分も要している自分が嫌になる。で、結局決められずに寝落ちしてしまう(涙。

好きな歌手は「 ドリカム、、、いや、吉田美和さん 」と言い直す。「 もはや” 吉田美和 ”という名前の唯一無二の楽器ですよね?ピアノとかギターみたいな。 」という路上インタビューのシミュレーションは、既に終わっている。(✕)シュミレーション の誤植にはウルサイ →(○)シミュレーションやで、と訂正する。

サッカーは、中学校で県大会ベスト4、が最高実績。が、肩だけのリフティング「 66回 」は、今まで出会ったサッカー経験者に誰も負けたことはない。のがプチ自慢。高校に進学した初日。に、クラスメートとなった女子から「 ゴリラーマンに似てるな 」と言われて、ゴリラ人生が始まったことを知る人は、いない。

口が悪くて、これまで散々失敗してきた。口論してきた。嫌われてきた。仕事でクレームにもなった。言葉は、使い方次第で他者に良い影響を与えられる。人生が変わる。恩師の言葉によって、それまでの自分を全否定せざるを得ない状況に気づき、涙が溢れ出た。人生で初めて走馬灯を体験した。人生を変える努力が始まるキッカケは、恩師の言葉だった。ビジネス本を読めるようになった。他人の言葉が耳と頭に入ってくるようになった。どうすれば、自分の言葉が相手に「 伝わるか 」を考えるプレゼン人生が始まった。25歳だった。プレゼンで人生は変わる。この世の中から争い事が無くなれば良いのにと思う。ロマンチスト。

(2022年4月)