サッカーW杯と甲子園(高校野球)の女性審判に違和感しかありません!
っていうか、
んな多様性、不要!!!
女性が審判をしたらアカン!という話ではありません。
そもそもスポーツの世界は、男女で競技が分かれています。
サッカーも野球も水泳もバレーも別々です。
なぜか?
フィジカルが違うからです。
って、説明するのもアホらしいほど普通の話です。
同じサッカーでも、男子と女子ではスピードも強度も違う。もはや別の競技です。
なのに、なぜ審判だけ性別を取っ払うの?
ここでいうフィジカルは、単なる体力や体格ではありません。
身体と身体がぶつかったら何が起きるのか。そのスピード、その強度での接触は反則なのか、フェアプレーなのか。
同性だからこそ体感として理解・想像しやすい領域まで含めて、フィジカルです。
野球(甲子園)はサッカーほどコンタクトが多くありません。
ので「 フィジカルが必要! 」って主張としては弱々です。
女性審判の人数が増え、経験を積み、現場慣れすることで解消されていくでしょう。
んなことは分かった上で、です。
そもそも、必要なん?
レディース下着店の販売員が男性でも、機能的には問題ありません。
乳がん検診の担当医も、男性医師でも診察できます。
でも、女性の方が良くね?
「 ジェンダー平等 」「 多様性 」という観点では、男性でも問題ありません。
が、下着販売員も、乳がん検診の担当医も、フィジカル的に女性の方が良くない?
( この場合は、気持ち的にも女性の方が良い気がするけど )
もちろん女性が審判を目指すのは自由です。
男性が何を目指しても自由です。
なんでもかんでも、多様性!ジェンダーレス!って、本質からハズレてない?
なんか、これ、思考停止の暴力、新たなハラスメントを見せられているような違和感でしかありません。
※W杯でも甲子園でも、一般公募で女性が審判になっておられません。事前のトレーニングや研修で、基準をクリアしたうえで、正式に審判として採用されています。ので、そのスキルを問題視しているわけではありません。
反論
「 野球は身体接触が少ない 」
「 甲子園の男性審判も全員が野球経験者ではない 」
はい。ですです。論を立てれば、いかようにでも反の論も立てられますからね。
だから日本って、反論が起きないように、誤解されないように、不快にさせないように、と注釈や配慮を積み重ねていきます。すると、そもそもの論が何だったっけ?ってなっていくんですよね。で、論を立てなくなる。し、そもそも反論を受けるくらいならと、無かったことにしていく。
事なかれ主義
自分がやりたい!って思うのは自由。
が、自分がやりたいからって、お客様(市場)に求められているとは限りません。
その場合、みんなどーしているかというと
「 仕事にはできなかったけど、趣味では続けよう 」とか
「 これは諦めて、他のことにチャレンジしよう 」ってやるわけ。
「 やりたい人がいるのにヒドい! 」って感情論を正当化したいがために、
多様性とかジェンダー平等を唱えるのは、正論でもなんでもなくて、暴力!ハラスメント!
そんな違和感、ない?

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